2005年07月07日

中国人の心理と行動<人情>編

「中国人の心理と行動」(園田茂人著:NHKブックス)の内容を引き続き紹介します。

「人情(レンチン)」
「面子(ミエンツ)」と「関係(グアンシ)」を結びつけるもの。
中国人の心理と行動を理解する上で大事な3つ目の要素だそうです。


中国人は、互いに打ち解けるまでに時間がかかり、次に物理的な結びつきが深まるにつれて、徐々に相手に対する要求を高めながらも、どこかでそのリスクを察知しつつ、最後に、安定と思われる人間関係も、ちょっとした感情的なわだかまりによって破壊されてしまうことがある、とこの本では紹介されている。


中国における「人情」とは、

(1)人間の基本的な感情、
(2)社会的交換が行われる際に用いられる一種の資源、
(3)個人と、その関係ネットワークの中にいる他者とが互いに遵守することが期待されている社会規範、

という3つぐらいの意味があるとのこと。
どれも漠然とした説明でいまいちピンとこない。
そこで筆者である園田氏は「人情」を次のように定義している。

『自己からの距離(親疎の度合い)によって他者を位置付け、その距離に応じてみずからの行為を決定しようとする心理的メカニズムである。』


中国人が「とっつきにくい」「打ち解けるまで時間がかかる」のは、最初は相手を「疎」な存在とみなしているからであり、次に徐々に相手に対する要求が高くなっていくのは、それだけ相手が自分のことを「親」な存在と見なしていったからである。
そして、うまくいっているハズの関係が壊れてしまうのは、互いに「親」な存在と見なしている者同士が「利害の絡む共同行動をとる」と、トラブルが生じやすいからである。

では「親」な関係とは具体的にどのようなものか?
農村部では「血縁関係」と「地縁関係」が存在する。
「血縁関係」ならば、親、兄弟姉妹、親戚。
「地縁関係」ならば、村の者(本地人:ペンディーレン)。よそ者(外地人:ワイディーレン)は「疎」な者とされる。
このあたりは日本と同じ。

都市部では、学校や職場を通じて作る「友人」が「親」な関係とされることが多い。
(業縁関係という)
ところが、業縁関係はどちらかと言うと「精神的な支援」が主で、「経済的支援」はやはり血縁関係を頼ることになるらしい。

中国では日本以上に血縁関係や地縁関係が重視されており、一族で「事」があれば、可能な限りの経済的支援をするのはよく見られることである。
特に親子の関係では、子が大きくなれば、経済的に親の面倒を看るのは当然のこととされており、親の面倒を看ない子が多くなってきた日本の状況は、中国では理解し難いことだろうと思われる。(このあたりは私には耳の痛い話...)

親疎のレベルによって3つの区分けがある。

(1)自己人(ツージーレン)
血縁関係の者はこれに該当し、「オレのものはオレのもの、お前のものもオレのもの」という状態。
一族の一人が成功すれば、一族皆で喜び、利益は皆に還元されることが当然とされる。
血縁関係以外でも、例えば「秘密結社」などで「血酒(血を垂らした酒)」を交わした者は「義兄弟」とされ、「親」な関係とされるらしい。
このあたりは日本のヤクザと似ているかも知れない。

ところが秘密結社以外でも義兄弟の契りを結ぶことはある。
いわゆる「馬の合う友達」などとの酒の席で、酔いが適度に回り、感情が高まったところで、「俺たちは兄弟だぁ!」と宣言してしまうのだ。
こうなると後が大変。
事あるごとに「兄弟」は押しかけ、いわゆる「有難迷惑」を実践してくれる。
筆者の園田氏は「兄弟」から断りもなく「お見合い」をセッティングされ大変だったらしい(笑)。

(2)外人(ワイレン)
ガイジンじゃないぞー(笑)。
身内以外の関係。没関係の世界。
中国人は身内とそれ以外を厳しく区別する。
例えば「会社」。
日本では会社は一種の家族であり(皆のもの)、従業員は会社のために働き、会社は従業員を守ることが当然とされ、福利厚生などを実施している。
ところが中国では、ワンマン経営が一般的で、会社はオーナー一族の利益のために存在し、従業員は関係ない、従業員は家族を養うために働く。
中国で外人がはっきりと区別されるのは、身内以外の「外人(従業員)」に人情(レンチン)を語ると、多くの要求が出てきて収拾がつかなくなるからだそうだ。

(3)熟人(シューレン)
「友達以上恋人未満」ではないが、外人と自己人の中間が熟人である。
熟人の間では、親な関係を構築すべく「贈り物」や「現金」、「おべっか」や「敬意」がやりとりされる。
このような「資源」の社会的交換は中国では日常的に行われており、資源を送る側は回報(フイパオ)すなわち見返りを期待する。
回報には3つの特徴がある。

<1>手段的・道具的な意志だけでなく、感情や倫理が大きく関与する
<2>「報復」や「報仇」など、負の互恵性も含む広い概念である
<3>相手によって具体手な行為が異なり、やり取りする主体が個人だけでなく集団も含まれる

贈り物をしたり、便宜を図るなどして相手からの特別な配慮を期待する行為を「送人情(ソンレンチン)」(人情を送る)とか「做人情(ツオレンチン)」(人情を作る)などと言う。
人情は送ったり作ったりできるということである。


さて、いままでのことをまとめると、

<1.面子>
中国人は、幼少期から面子に対する感受性を教えられる。
その結果、自己中心的でかつ状況依存的という、一見矛盾した中国人の基本特性が生まれる。
中国人の「面子」は、「個人の能力を推し量るものさし」となっており、このため中国人は「強い自尊心」を持ち、常に自分を積極的に売り込む傾向がある。

<2.関係>
中国人は面子を媒介に「関係」のネットワークを広げるが、これは個人を中心にしているために外から観察しにくい。
関係を通じて莫大な社会的資源が流通し、人民は個々人との親疎の度合いによって異なる行動をとることが期待されている。
血縁や地縁など「親」の感情が生まれやすい環境では「助け合いの精神」が前提とされ、それ以外の「疎=没関係」の環境では、熾烈な競争が生じやすい。

<3.人情>
中国人は「人情」において親疎の度合いを3段階に区分けし、それに応じてさまざまな対応をとるが、関係や感情を操作することによって親疎の度合いを変えることも可能である。

以上3つの要素が絡み合うことによって中国人の行動文法が構成される。


う〜ん、なかなかためになる本だ。

posted by 花花牌子 at 23:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | 大連
この記事へのコメント
 大体分かりました。聞きたいですけども依頼において日中の違いは難だろうと思いますか?
Posted by 秦 庸 QIN YONG at 2005年08月18日 23:03
「依頼」ですか?
何かを人に頼む行為のことでしょうか。

日本の場合、関係(グワンシ)が強くない場合に「この商品はとても便利ですから、ぜひ買ってください」と依頼すると、「えぇ。前向きに検討させていただきます。」という答えが返ってくることが多いですね。
これは文字通りの意味ではなく、実際には何も行動してくれない事実上の「拒否」の回答です。

中国の場合、関係を利用して依頼された場合、そこに面子がありますから注意が必要ですね。
自分とってどれだけ利益のある話か検討し返事をします。
是なら没問題ですが、不是ならば相手の去面子になりますから、なぜ不是なのか、どうすれば是になるのか可能な限り説明してあげる必要があるかも知れません。
実際の中国ではそこまでやってませんよね?
「不要。再見。」
で終わりかな?
Posted by 花花牌子 at 2005年08月19日 00:21
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